4.学校英語教育
TOEICから見た学校英語教育の特色
 TOEIC は Listening (以下L)と Reading (以下R)の2つのセクションから成り立っているが,普通の TOEIC 受験者のスコアは L>R,つまり L のほうがR より高い。たとえば,1999年度の大卒新入社員 44,324人の平均スコアは次のとおりであった。

232
208
440

 L232 は R208 よりも24点も高い。もうひとつの例を見てみよう。大卒新入社員よりもさらにネイティブ・スピカーに近いと思われる6ヶ月以上海外生活を経験した大学生 77,783人(累積)の平均スコアは,次のとおりである。

413
333
746

 この場合には,L>R の傾向がさらに強まり,L と R のスコア差は何と80点もある。これと正反対の現象もある。日本の学校英語教育の影響をきわめて強く受けた TOEIC 受験者は L>R ではなく,L<R のような逆転現象を起こす傾向がある。この傾向は,いわゆる偏差値の高い大学の学生,およびその出身者に多いようである。これは文字英語に偏った学習法であり,言語学習としては不自然な形である。ここでは仮に L>R のパターンを「ネイティブ・パターン」,L<R のパターンを「学習パターン」と呼ぶことにしよう。
 企業内英語研修では,研修成果がどのようにあがったかを調べるために,TOEICを研修前後に実施する場合がある。TOEIC のスコアの伸びについてだけ考えると,学習パターン」の研修者のほうが「ネイティブ・パターン」の研修者よりも研修後の TOEIC スコアの上昇率が高くなる傾向がある。さらにその内訳を見ると,R はそれほど伸びないが,R の伸びに比べてLの伸びが際立っていることに気づく。一般的に言うと,R は短時間,短期間に伸びることはない。これに対して,L は比較的短い時間で伸びることがあり得る。これが L と R の伸びに関するひとつの特色である。その秘密は学校英語教育にある。
学校英語教育の活用
 学校英語教育でがっちり英語を読む訓練-文字英語の訓練-をした場合には,たとえば文法知識も豊富で,語彙数も多く,慣用表現も数多く知っているのが普通である。しかし,口語英語の訓練はほとんど受けていないので,英語の音声に耳が慣れていないために聞き取ることは不得手で,英語の自然なスピードにもついて行けない。しかし,このようなタイプの学習者は,聞いて分からない英語を文字で示されると,ほとんどの場合,直ちに理解することができる。特に,口語英語は文字英語のように英文も複雑ではなく,しかも一つ一つの英文が文字英語とは問題にならないくらい短いために,かなりのスピードで理解することができる。
 こうなると,問題は英語音の識別と話されるスピードに絞られる。英語自体の理解はほとんど問題ない。そうだとすれば,あとは耳を使って聞き取るための訓練と,スピードに対する慣れだけのこととなる。その他の問題としては,英語を頭から理解しなければならないことが考えられる。文字英語を読む場合には戻って読むことができるが,口語英語の場合には,すべて頭から理解しなければならない。もちろん戻ることはできない。しかしいずれにしても,基本的な理解の基盤はすでにできているので,ある程度の時間をかけ,訓練によって慣れれば,これらの技術を習得することはできる。したがって,英文を理解するための学習からすれば,問題にならないくらい楽な作業である。L のスコアが飛躍的に伸びるのは当然のことである。これに対して,R のスコアを伸ばすためには多大の努力と時間がかかる。
大学入試問題
 大手予備校の河合塾が大学入試問題の作成を代行するという記事が3月10日付の朝日新聞朝刊の一面トップに掲載されている。河合塾はかねがね国立を含めた10を超す大学から問題作成の依頼打診があったため,1科目100万円から200万円で,試験問題を代行作成するビジネスに進出することに決定したというものである。英語に関しては,どこの大学にも複数の専任教員がいるので,予備校に問題作成を委託することはまずないであろう。しかし,だからと言って,自前で作成している現在の大学英語入試に問題はないかというと,そうでもなさそうである。
 現在の英語入試問題はマークシート方式の客観テスト形式をとる場合が多い。特に受験生の数の多い大学では,煩雑な採点の手間暇を避けるためにも,客観テストに頼らざるを得ないのが実情である。主観テストは採点に膨大な時間がかかるだけでなく,効率を上げるために採点者の数を増やすと,評価結果の信頼性が落ちるという欠陥がある。その点,客観テストの採点はコンピュータで短時間に行うことができ,採点上の誤りもない。ただし,最大の欠点は問題作成が大変で,細心の注意が要求されることである。
 一般的に,良いテストを作るためには validity(妥当性)と reliability(信頼性)の2つを考慮しなければならないと言われている。客観テストの場合には,特にこのことに気をつけなければならない。
 テストの妥当性というのは,そのテストがテスト作成の目的と合致しているかどうかということである。たとえば,全般的な英語運用能力を評価測定するために,特定教科書に基づいた期末試験を使うことはできない。両者のテスト作成の目的がまったく異なるからである。これは当たり前のことで間違えるはずがないと思われがちであるが,実際はそれほど簡単なことではない。たとえば,大学英語入試の目的が「高校までに学習した英語の基礎知識の有無を見る」のか,「一般的なコミュニケーション能力を見る」のか,「原書購読について行ける英語力があるかどうかを見る」のか,などによって試験問題の内容ががらりと変わってくる。しかし,実際には大学英語入試の目的が明確に示されることはまずない。どっちつかずの総花的出題になるのが普通である。これは,何の目的で入試問題を作るのか明確な目標がないために起こる現象としか考えられない。テストの妥当性がずれると問題作成の意味がまったくなくなってしまう。危険であり,要注意である。
 テストの信頼性というのは,そのことばからも分かるように,テストが信頼できるかどうかということである。厳密には Cronbach's alpha(クローンバックのα係数)などの数値で示せばそれに越したことはないが,そこまで行かなくても簡単に信頼性を確かめる方法がある。一般的に言うと,客観テストの問題数が多いほどテストの信頼性は高まる。もちろん5問や10問では信頼できないことはだれでも直感で分かるが,それでは20問ではどうか,30問ではどうかと問い詰められると,その判断は難しい。統計学上は,信頼性は0~1の間の係数で表される。一般的には,問題数が 75問の場合には信頼係数は0.78になると言われている。ところが,75問以上問題数を増やしてもほとんど信頼係数は上がらない。この地点を境にしてカーブがほとんど平坦になる,いわゆる高原現象を呈するのである。TOEIC の問題数が Listening,Reading ともに各100問と75問以上あるのは,この間の事情を反映したものである。問題数を事実上の上限の75問から減らして50問とすると,信頼係数は0.7となる。この辺が信頼係数としては必要なレベルであろう。つまり,信頼できる客観テストを実施する場合には50問以上の問題を作成すべきであるということになる。50問以下の客観テストでは信頼性に問題を生じる恐れがあるので避けなければならない。
 さらに注意すべき点は,同一種類の問題数は極端に少なくしないことである。たとえば,設問問題によく見られることであるが,発音問題を2問,作文問題を3題といったように細切れの出題はできる限り避けるべきである。これは信頼性を低下させる原因となるからである。
大学の英語教育(1)
 日本の学校教育の中では,おそらく英語が最も長期間にわたって教えられ,最も多くの時間が費やされているのではないだろうか。中学から高校までの6年間だけでなく,大学でも少なくともさらに2年間は英語が教えられている。合計8年間にわたる英語教育である。しかし,それですら期待されるような英語能力は身につかない。これはどこに問題があるのだろうか?それに対してどう対処したらよいのだろうか? 結論的に言うと,私は大学では,中学高校時代のようにがむしゃらに英語を教えるべきではないと思っている。それよりも,学生に生の英語に接触させる機会をできる限り与え,自己学習の仕方を指導すべきだと思っている。「習うより慣れろ」である。
 以前,早稲田大学人間科学部で,新入生の中から無作為に 58 名を選び,TOEICを使って学生の英語運用能力の伸びを調査したことがある。被験者は第1回目の TOEIC を 1990 年4月 16 日に受験し,同年 12 月3日に第2回目の TOEIC を受験した。授業時間は2回の TOEIC 受験に挟まれた約 18 週間である。同学部では,1年次の英語教育は2クラスが必修である。ひとつのクラスは日本人教員が担当し,全員が英字新聞 The Japan Times を教材として使う。もうひとつは外国人教員によるクラスである。授業時間は1コマが 90 分であるので,計算上は2クラスで 54 時間となるはずであるが,諸種の事情を勘案すると,おそらく正味 45 時間程度であると考えられる。TOEIC の平均スコアは次のとおりであった。(Lは Listening,Rは Reading,Tは Total を示す)

第1回 TOEIC
第2回 TOEIC
205.17
219.40
424.57
245.52
210.17
455.69

 スコアの伸びはLが 40.35,Rが -9.23 (つまり伸びはゼロ),Tが 31.12 であった。ただしTの測定誤差は ±25 であり,50 以内は誤差の範囲であるので,厳密な意味では,Tの伸びは0ということになる。つまり,英語運用能力は伸びていないということである。なぜこのように学習効果が現れないかというと,その理由は TOEIC というテストの特殊性にある。
 普通われわれの知っているテストは,中学・高校時代の期末試験のように既習範囲から出題されるテスト(achievement test)である。これに対して,TOEIC は運用能力テスト(proficiency test),つまりすべて応用問題のテストである。したがって,一夜漬けで丸暗記して点数を稼ぐわけには行かない。当然スコアも思ったようには上がらない。
 英語運用能力というのは簡単には伸びないのである。しかし,大学および大学卒業後の社会で求められている英語能力が,この簡単に伸びない英語運用能力である。となると,大学英語教育の最大の課題は,簡単に伸びない英語運用能力をどうしたら伸ばすことができるかという矛盾を解決することである。その答えは「習うより慣れろ」である。
 英語運用能力とは,必要に応じて丸暗記したものを取り出して使うものではない。歩行動作のように無意識に,また自然に実行に移すことのできる能力である。そのためには,普段から生の英語に接して,豊富な経験を積んでおかなければならない。社会で求められている TOEIC スコアは最低 600,できれば 750 程度であるとされているが,実際の学生の TOEIC スコアは,上記の調査例から見ても,その目標値からあまりにもかけ離れている。これを高めるためには,大学での授業のみを通じての英語教育では到底実現不可能である。どうしても,そのほとんどは個々の学生の努力に負わなければならない。自己学習である。したがって,大学では学生の自己学習を勇気づけるためのあらゆる支援体制をとる必要がある。それが大学英語教育の目標であり,使命であると私は考える。
大学の英語教育(2)
 3月22日づけ朝日新聞の朝刊トップに「センター試験に英語リスニング」という見出しの記事が出ていた。続いて本文には『大学入試センター試験をめぐり、文部省は、英語に「リスニング」(聞き取り)の試験を導入する方針を固めた。......文部省は、実際に使える英語力を身につけてもらうには、60万人近くが出願するセンター試験で聞き取り試験を課し、勉強の動機付けをすることが有効と判断したという。近く大学審議会の中間報告に盛り込まれる方向で、早ければ2006年から導入される見通しだ』と記されている。確かにそのとおりで、このことに反対する者はまずいないであろう。しかし、だからと言って、まったく問題がないわけではない。私が気になるのは、リスニング能力と入学試験との組み合わせである。
 この場合のリスニング能力というのは英語運用能力のことを指している。いわゆる「技能」である。知識ではない。一方、入学試験というのは「知識」を評価する方法として、一般的に理解されている。もちろん科目によっては技能検定的な要素を含んだ入学試験もないことはないが、それはどちらかというと例外的である。ほとんどの入学試験は知識評価のために利用されている。そのため、運用能力としてのリスニングを評価する方法として入学試験を使うのはどうかという躊躇がある。そうでなくとも、日本では、英語は、他の教科同様、知識だと考えられることが多いからである。
 もうひとつの危惧は具体的な評価方法である。入学試験であれば、ふつうは、リスニングも0点から満点までの点数で評価される。今回のケースもそうなる可能性が高い。少なくともセンターで行われる評価は間違いなくそうなるはずである。しかし、すべてのリスニング能力を弁別し、点差をつけるためには、やさしい問題から難しい問題まで、いろいろなレベルに対応した問題を予めテストの中に入れておく必要がある。ここに問題作成上の無理が生じる原因がある。特にリスニング能力の上位者の間でも点差をつけようとすると、無理が生じることになる。ある程度以上のレベルの能力を弁別するためには、ひっかけ問題、または重箱の隅を突っつくような問題を出さざるを得ないようになるからである。そうなると、受験者に求められるのは必要以上の細心の注意である。運転免許取得のための学科試験のように、リスニング・テストには落とし穴が多くなり、受験対策が必要になる。ここまでくると、リスニング評価の本来の意味から大幅に後退することになり、リスニング能力弁別のための弁別テストと形骸化してしまう。その結果、予備校や、受験対策の出版社を喜ばせるだけのことになりかねない。
 この弊害を防ぐひとつの方法は、何としてでも、試験問題をきわめて素直で、平易な内容の問題に止めておくことである。それと同時に、利用者側である大学も、評価方法に一工夫が必要である。それは、リスニング・テストの評価基準点を、60%とか70%といった正答率にレベル設定しておくことである。それ以上の点数を取っても加点することをしない。つまり一種の資格試験とする。ただし、基準点に達しないときも、直ちに不適格として足切りをすることなく、少ないながら点数評価をしておけば、他がよければ総合点で救済することもできる。いずれにせよ、各論は別として、リスニング・テストは評価基準点を設けるほうが、コミュニケーションのための技能評価をするという観点からも、理にかなっている。このような歯止めを作っておかないと、1点差を争うこれまでの受験競争をさらに煽り立てることになりかねない。それだけではない。言語活動としてのリスニングを「読み書きそろばん」的な基礎技能ではなく「知識」と誤解させることにもなる。英語学習の上でも危険である。
 また、リスニング・テストを一種の資格試験にしても、文部省の目標である「勉強の動機付け」を達成することは十分可能である。むしろ,これこそリスニング・テストを入学試験に導入する最大の目的であるはずである。目的と手段を間違えてはならない。

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