10.TOEIC に関する誤解(4)
TOEIC は「メートル原器」である
 TOEIC は 1979 年 12 月に第1回テストを実施して以来,現在では全世界で150 万人以上もの人々が毎年受験している。その信頼度は企業を中心として絶大なものがある。今さら改めて言うまでもないが,TOEIC は英語能力を測定する物差しである。しかも,きわめて正確に測定できる尺度であり,言わば「メートル原器」である。
悪徳商法まがいの英語教材は消えない
 最初 TOEIC が導入され,その評価が日本国内で定着し始めたころは,筆者も「これでようやく英語教育も科学になることができる」とか,「悪徳商法まがいの英語教材も淘汰される」と考えて,ひそかに新たな英語教育時代の幕開けを期待したものである。しかし,世の中はそれほど甘くはなかった。考えてみれば,世間にはこの種のきわどい商法は枚挙にいとまがない。必要以上に夢をあおる化粧品,実体のないエステサロン,かえって病状を悪化させるアトピー治療薬,金銭欲を利用したねずみ講--これらすべては人の弱みと関心を巧みについた商売である。英語教材も同様である。それどころか,英語教材が日本ほど売れているところは世界にも例がない。これは大げさに言えば,日本人すべてが「英語ができたら」という願望にとりつかれているためである。英語教育は日本では一大産業なのである。
 正確な英語能力測定基準である TOEIC の出現によって,詐欺まがいの英語教材が下火になるとの期待は見事に裏切られた。それどころか,これらの英語教材は TOEIC を栄養素として,ウイルスのように自己増殖を始めたのである。TOEIC 対策と銘打ったさまざまの単行本,CD プログラム,英語クラス等々,その数はおびただしいものがある。これでは TOEIC 導入以前よりも,むしろ悪徳商法を助長している感すらある。
物指しは正しく公平に使わなければならない
 TOEIC 関連プログラムの中でも学習者を惑わすのは,「短時間で TOEIC スコアが 100 点上がる教材」といったように,販売促進目的で具体的な TOEIC スコアを持ち出す英語プログラムである。もしそのデータが捏造したものであるとすれば,その罪は重い。ちょうど,ダイエット商品販売で,使用前と称して太った写真を示し,使用後と称して痩せた写真を示して消費者の好奇心をそそるようなもので,英語教材販売の方法としては最低である。これは TOEIC が「メートル原器」であることを知らないことから起こる暴挙である。知っていてやったとなれば確信犯であるので,その罪はさらに重い。
 しかし,TOEIC スコアを使って学習前と学習後の学習効果を示そうという,だれでも思いつく時系列的アプローチは,口で言うほど簡単ではない。TOEIC は proficiency test であり,言わば無数の achievement test の集大成のようなものであるので,その伸びの測定は achievement test のように単一学習項目の学習成果を測定するのとは違って簡単ではない。測定誤差(±25)を含んだ測定可能の proficiency の伸びを測定しようとなると,TOEIC 400 以上の場合には,おそらく 100 時間以上の学習が必要となることが予想される(CEPAC予測)。
proficiency を伸ばすために長時間の学習を可能にするためには,

(1)長時間に耐えられる教材の存在
(2)長時間にわたる被験者の管理方法

などの問題を解決しなければならない。これらを考え合わせると,TOEIC を利用したスコア伸びの時系列的アプローチは実行が難しい。実行のしやすさから見れば横断的アプローチのほうが,データも集めやすく,統計処理もしやすい。これが企業内研修の 2,000 名以上の各種データを収集して開発された画期的なコンピュータ・プログラム CEPAC である。これにより現在の企業内研修でどのくらいの研修時間を施せば,どのくらい TOEIC スコアが伸びるかが予測できる。
TOEIC は物指しであることを認識しよう
 英語学習と TOEIC は表裏一体の関係にあるが,あえてどちらがより重要かというと,英語学習のほうが重要である。英語学習は英語能力を伸ばすことに直接関わっているからである。英語学習をマクロ的に見た場合,英語学習成功の最大要因は学習時間である。自国語は膨大な学習時間を掛けるために例外なく習得に成功する。これに対して,外国語習得は恵まれた環境と,自国語習得ほどではないが,豊富な学習時間に裏打ちされて初めて可能となる。したがって,成功者の数は限られる。この事実に基づけば,たとえば,理想とする TOEIC 900 に達するために必要な学習時間は 3,000 時間なのか,4,000 時間なのか,またはそれ以上なのかをまず見極めなければならない。最終目標を下げれば,必要学習時間も少なくなるであろう。いずれにせよ,マクロ的観点から自分の目標レベルをまず設定することである。目先のスコアの伸びに一喜一憂することはあまり意味がない。目標レベル以下の英語能力では役に立たないからである。
潜在能力を利用して TOEIC スコアを上げる方法
 何か胡散臭そうな副題であるが,けっしてそうではない。立派に理論と事実に裏づけられた推論である。ただし,これは伝統的な学校英語教育を受けてきた日本人,しかも受験英語に強く影響された日本人にのみ通用するものである。国際的汎用性はない。皮肉なことに,非難の矢面に立っている日本の英語教育の特殊性が逆に役立っているのである。
 ここで述べる「潜在能力」とは,表面に出てきていない英語能力のことを指す。端的に言えば,英語の授業で習った知識であり,特に大学受験時代に懸命になって勉強した英語の知識のことである。これらの知識は,コミュニケーションの即戦力としてあまり役に立たないが,活用次第によっては,短時間の訓練で立派な実践的英語能力に変身する。
読んで分かる文はすぐに聞けるようになる
 今までに学校英語を相当勉強してきたと自負する人は,この潜在能力の高い人である。これに反して,英語の勉強をほとんどしなかった人は潜在能力が低い。これを検証する簡単な方法は,まずリスニング教材などで英語を聞いてみることである。耳で聞いて意味が分からなくても,テキストを見ればほとんど分かる場合には,潜在能力はかなり高い。きわめて有望である。チラッと見ただけで意味が分かるようであれば,潜在能力は最高レベルにある。また,時間を掛ければ大体の意味が推測できる場合でもかなり脈はある。しかし,文字を見ても全然意味が分からない人は潜在能力がないと判断すべきである。したがって,潜在能力を利用した学習法に期待することはできない。地道に学習を積み重ねるしかない。
リーディング力が高い人はリスニングが伸びやすい
 TOEIC を受験したことのある人なら,L(Listening スコア)とR(Reading スコア)を比較することによって,潜在能力の有無を簡単に見分けることができる。LよりRのほうが高ければ高いほど,潜在能力があることを示している。つまり,L<R型の学習者のほうが短時間のリスニング学習で,Lが大幅に伸びるということである。ただし,その場合には,Rが 200 以上であることが望ましい。200 以下のRは,まだ応用できる英語能力レベルに達していないと判断されるからである。
 この間の事情を,企業内研修 2,000 名以上のサンプルに基づいて開発したコンピューター予測プログラム CEPAC (Communicative English Proficiency Assessment and Counselling System) でシミュレーションしてみると,次のようになる。研修前のスコアは分かりやすいように,すべて同一の 450 とした。ただし,その内訳のスコア(LとR)は異なるように配分した。研修時間はわざと短時間の 30 時間としている。

スコア差
T1( L1 R1 )
T2( L2 R2 )
例1 (R1-L1=50)
450 ( 200 250 )
502 ( 250 252 )
例2 (R1-L1=10)
450 ( 220 230 )
494 ( 253 241 )
例3 (R1-L1= 0)
450 ( 225 225 )
491 ( 253 238 )
例4 (R1-L1=-10)
450 ( 230 220 )
489 ( 254 235 )
例5 (R1-L1=-50)
450 ( 250 200 )
480 ( 257 223 )

 例1~3がL<R型であり,例4と例5がL>R型を示している。このシミュレーションの結果からも明らかなように,L<R型のほうがスコアは伸びやすい。しかも,大幅に伸びるのはLである。Rではない。
発音とスピードに慣れること
 このことは一見不思議に思われるかもしれないが,実は不思議でも何でもなく,常識を裏づけたものに過ぎない。この一連の流れは「文字英語は理解できるが,音声英語は理解できない」ということである。そして,文字英語が理解できるのであれば,音声英語の理解はそれほど難しくはない。文字と音声の伝達メディアの違いだけだからである。かなりのレベルの文字英語知識をすでに持っているのであれば,後は発音とスピ-ドに慣れさえすれば音声英語に強くなるのは当然である。不思議でも何でもない。したがって,音声中心の正常なネイティブスピーカーによる企業内研修を行えば,潜在能力は音声英語に簡単に転換し得る。そして,その結果はスコアの大幅な上昇として現れる。ただし,スコアの大幅な上昇は,異常なL<R型が正常なL>R型に転換した時点でストップする。L<R型が正常に戻れば,後は地道に学習するしかない。
海外生活経験者のTOEICスコア
 海外で一定期間以上生活し,現地で英語を実際に使ってきた経験のある人は,いったいどのくらい英語能力が身につくものであろうか。このような人たちと学校で英語を勉強した普通の日本人とは,どのくらい英語能力の上で差が出るのであろうか。そんな疑問と関心を持っている人はかなり多いことが推測されるので,この点について説明してみよう。
Data and Analysis のデータに見ると
 TOEIC 公開テスト受験者には簡単なアンケート調査が行われているが,その中に「主として英語を話す生活を送りながら,海外に通算6か月以上滞在したことがありますか?」というのがある。この質問に対して yes と回答した受験者は,かなりの英語経験があるものと予想される。当然その TOEIC スコアは高いはずである。
 次に示した表は,Data and Analysis(第1回~第 73 回テスト総合結果,TOEIC運営委員会発行)からの引用である。かっこ内は,上記質問に対して no と回答した受験者の TOEIC スコアで,参考のために示した。

受験時資格
受験者数
(受験者数  L R T )
小学生
175
386
217
603
( 15 277 150 427 )
中学生
672
424
289
713
( 325 212 128 340 )
高校生
4316
382
262
644
( 9373 245 183 428 )
大学生
77783
413
333
746
(481524 288 253 541 )
大学院生
3569
407
354
761
( 45050 283 265 548 )
経験者はすべて 600 以上で,未経験者は 600 以下
 海外生活経験者と未経験者のスコアを比較してみると,当然のことながら,すぐ気がつくのは両者のスコアの大きな差である。これを企業の場合に当てはめて調べてみよう。日本の企業では,社員の英語能力はできれば 730 以上,少なくとも 600 は欲しいと考えている場合が多い。その点からすると,年齢的に社員の対象になり得る大学生の海外生活経験者はその期待に十分応えていることが,上の表で分かる。しかし,これと比較すると,未経験者はすべて 600 以下であり,企業の期待にはまったく応えていないことになる。いわゆる,使える英語能力と使えない英語能力との差がここにはっきり現れている。
海外生活経験者のリスニング力は,すべて実用レベル
 次に,注目すべきことはLとRのセクション・スコアである。結論から先に述べると,実用レベルに達していると思われるスコアは,LおよびRともに,350 以上であると思われる。実用レベルとなると,最低でも 300 は欲しいところである。この基準に照らし合わせると,海外生活経験者の場合は,Lはすべて実用レベルに達していることになる。しかし,Rとなると大学生以上のみがかろうじて有資格者であって,高校生以下は実用レベルに達していない。未経験者に至っては,L,Rいずれの場合にも実用レベルには達していない。ここにも,使える英語能力と使えない英語能力との差がはっきり現れている。
 以上を総合してみると,海外生活経験者は特にリスニングの点で優れていることが分かる。小学生を含めて,すべてが 350 を超え,400 に近い 380 以上を示している。これならば実際のコミュニケーションの場に臨んでも,何の不自由も感じることはないであろう。
 これと比較すると,リーディングには問題がありそうである。大学生であっても,そのスコア 333 ではまだ完全とは言えない。それ以下の高校生までの年齢では,リーディングにはまだ不安が残る。
 もっともここで述べる基準スコアは,TOEIC 受験対象者である成人について適応されるものであって,対象外の高校生以下の年齢に対しては当てはまらない。したがって,年齢相当のリーディング能力については十分であるのかもしれない。 この点の検証は,テスト対象を高校生,中学生,小学生に分けて,個別にリーディング・テストを実施してみないと断言することはできない。しかし,逆に,その点を考慮すると,高校生以下のリスニング力はきわめて高いと言うことができる。
TOEICスコア・レポートの有効期限は2年間か
TOEFL の説明から
 TOEIC の公開テスト(Secure Program,SP と略す)を受験すると,ETS(Educational Testing Service)からスコア・レポート(英語能力認定証)が郵送される。これの有効期限は2年であると言われている。有効期限というと,食品の賞味期限を思い出して,なんとも妙な気がするが,果たしてこれは何を意味しているのであろうか。このことを知るには,TOEIC の姉妹プログラムである英語留学生試験 TOEFL の説明を読むとその趣旨がよく分かる。それにはこう書いてある。

 Because language proficiency can change considerably in a relatively short period of time, scores more than two years old cannot be reported or verified. Test scores are retained on a database only for two years from the date of the test. If you took the TOEFL and/or the TSE test more than two years ago, your scores will no longer be on file. You will have to take the test(s) again in order to have your scores reported.

 (言語能力は比較的短期間でかなり変動するので,2年以上経ったスコアを通知したり,証明することはできません。テスト・スコアがデータベースに保存されるのは,テスト実施日以後わずか2年間です。TOEFL および/または TSE を2年以上前に受験された場合には,あなたのスコアは保存されていません。スコアの通知を希望される場合には,もう一度受験していただくことになります。)
URL > http://toefl.org/toefl/tfladdcrpt.html
 
英語能力は変動しやすいもの
 この説明からも明らかなように,ETS の判断としては「英語能力は変動しやすく,長く見積もってもテスト実施から2年以上経ったものは保証できない」ということである。データベースから削除されるのであれば,再発行は物理的にも不可能である。ETS がアメリカの大学への留学生の英語能力テストを実施し,その結果を保証しなければならない立場にあることを考えると,これは無理からぬことである。毎年入学のための選抜がある場合には,できれば1年以内に受験してもらい,新しいデータを志望校へ提出してもらいたい,というのがおそらく本音であろう。  このことからも推測できるように,英語能力は変動するにはするが,最悪の条件として,まったく英語と接触しない場合を考えた場合,それが半年後に起こるのか,1年後に起こるのか,または2年後に起こるのかは,個々人による条件もそれぞれ異なるので,類型的に断定的な判断を下すことはできない。ただ常識的に,または経験的に言えることは,2年以上にわたらないほうが安全であろうということである。実際には,TOEIC を受験して,それ以後まったく英語と接触しないということは考えられないので,半年後に英語能力が急激に低下することはまずあり得ない。となると,無難な線は2年以上にはならず,できれば1年前後というのが考えられるところである。
有効期限は便宜的な目安
 ただし,ここで気をつけなければならないのは,この有効期間は入学試験,専門職資格試験などのように,厳密にその人物の英語能力を判断し,たとえばその人物を新規採用しようとする場合に限られることである。一般的に実社会で英語能力を云々する場合には,有効期間は2年前であろうと,3年前であろうと,または5年前であろうとほとんど関係ない。何年前であろうと,TOEIC スコアで示された英語能力が実社会で通用している限りは,その人の英語能力には何ら問題がない。むしろ英語能力よりは,実務を遂行するための知識と実績,および経験が必要とされるであろう。ちょうど入学試験に通ってしまえば,トップで合格しようと,ビリで合格しようと問題にならないのと似ている。むしろいつまでも入学試験の合格順位にこだわっているほうが問題である。いったん入学したら,入学後の努力と研鑚が重要になる。同様に,いったん実務につけば,その実務をいかに効率よく実行するかが重要になる。例外的職種を除いて,日本人は日本語にこだわることはない。英語も同様である。コミュニケーションの手段としての英語能力は重要だが,実用レベルに達したら,英語のことは忘れるように心掛けるのが本筋である。
 最後に一言,「有効期限」はあくまで便宜的な一応の目安でしかない。英語能力の変化を科学的に測定した結果,2年と判断したわけではない。したがって,「TOEIC を何度も受験させるための商業上の謀略である」という風評を耳にしたことがあるが,これはまったくのナンセンスである。上記の考えは,すべての言語能力テストに当てはまるものである。

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