12.大学における TOEIC の利用法(1)
TOEIC 利用のための方法と条件
 TOEIC を大学で利用するのは学生の英語能力を測定するためであるが,ただそれだけのことであれば,何もあえて手間ひまかけて大学で TOEIC を実施することはない。テストをするだけのことであれば,テストセンターに任せれば済むことである。大学で TOEIC を実施する意味は,TOEIC の結果を大学英語教育にいかに関連づけるかということにある。
 筆者の勤務校でも,今年7月に新入生全員に対して,初めて TOEIC を実施した。その目的は3つある。
 第1の目的は,個々の学生に対する英語学習カウンセリング用データを作成すること (個人指導)。
 第2の目的は,カリキュラム改定を含めて,大学における英語教育の効果を高めること (英語教育の効率化)。
 そして,第3の目的は,さまざまの入試形態を通じて入学してきた学生の英語能力の実態を把握することである(入試制度点検)。
 以上の3つの目的に共通して言えることは,これらの目的を達成するためには,信頼できる英語能力テストが絶対に必要であるということである。大学で行われている学期末試験とか学内一斉テストといった類いのテストでは,授業で習った学習成果(achievement)を調査するのがやっとで,一般英語能力(proficiency)を正確に評価することはできない。テストの信頼性に問題があるからである。TOEIC は妥当性,信頼性いずれの点においても,これらの要求を十分満足させることができる。
大学英語教育に関する前提
 論を進めるに当たって,まず大学英語教育に関する2つの前提について述べておかなければならない。
 第1の前提は,学生全員の一般英語能力を,大学卒業時までに,実用レベルに引き上げるべきだという理想主義的な立場をとらないことである。大学生の英語能力は中学・高校での英語教育の結果であるので個人差が激しく,その能力格差を大学段階で埋めることはきわめて困難である。不可能と言ってもよい。ましてや,すべての学生の英語能力を実用レベルに引き上げようとするのは現実的ではない。それよりも,個々の学生に学習のためのできるかぎりの機会を与えることによって,学習目標達成の可能性を高める努力をすべきである。個人指導の意義がここにある。
 第2の前提は,一般英語能力(proficiency)は短時間の学習では簡単に伸びないことを十分認識することである。授業で習った学習成果(achievement)をテストする achievement test であれば,出題範囲も限られているので,場合によっては一夜漬けの「付け焼刃」でもかなりの得点を取ることは可能である。しかし,出題範囲が無制限の TOEIC のような proficiency test の場合には,短時間の学習では,明らかな実力の伸びを示すほどのスコアの大幅増は期待できない。スコアを大きく伸ばすためには,じっくり時間をかけて「実力」を身につけなければならない。もし実力を伸ばすためには,短時間ではなく,かなり長時間の学習が必要ということになれば,学習時間に制約のある学校英語教育では,学習目標の達成が難しいということになる。結果として,授業以外の自己学習に頼らざるを得なくなる。ここに自己学習と,それを支える個人指導の重要さがある。
TOEIC のスコアの意味
 さて,ここからいよいよ本題に入ることになる。一般英語能力を示す TOEIC スコアは,L(Listening)とR(Reading),およびLとRを総合したT(Total)の3種類から成り立っている。留学生試験 TOEFL のように,TOEIC スコアを合格不合格の基準として使う場合には,総合スコア,つまりTだけあれば事足りる。しかし,スコアに基づいて英語能力の判断をしようということになると,これだけでは情報不足である。ちょうど正確な物差しを手に入れ,あっちこっちいろいろな物を測ってみても,それが目的に適っているのか,適正な長さなのか,短すぎるのかが分からなければ何の意味もない。同様に,TOEIC が正確な物差しであっても,それだけでは何の役にも立たない。それが適正な長さなのかどうかを示す基準,つまり英語能力レベルの基準がなければならない。TOEIC スコアと英語能力レベルを対応させなければならないのである。これについては TOEIC 運営委員会も Proficiency Scale(TOEIC スコアとコミュニケーション能力レベルとの相関表)をすでに発表している。
 次節ではこのことについて述べてみることにする。
【TOEIC スコアの解釈】
 TOEIC は他の英語能力テストと異なり,合格・不合格の形で使われることが少ない。そのため,TOEIC を受験しても,そのスコアをどのように解釈してよいか判断に迷う場合が多い。たとえば,TOEIC スコアと英語能力レベルの相関表を見せられても,そこに書かれていることのほとんどは受験者自身がすでに知っている事実であり,それだけでは物足りない気持ちが残る。受験者のニーズに応える情報が少ないためである。
 TOEIC 受験者の知りたい情報とはいったい何なのであろうか。それは「自分の英語能力が実用レベルに達しているかどうか」ということであろう。しかも,自分の英語能力がまだ実用レベルに達していないことを知っている場合がほとんどであるので,受験者の求めている情報は次の2つであると思われる。
  1. 目標である実用レベルと自分の英語能力の差はどのくらいか。
  2. 実用レベルに達するためにはどのような学習をしたらよいか。
 第2の点はここで扱うには大きすぎる問題であるので割愛することとし,第1の点に絞って話を進めることにする。次に示したのは,TOEIC スコアの絶対評価ではなく,「実用レベル」を中心に据えた相対評価である。相対評価でないと実体は浮かび上がってこない。

完成レベル
495
495
990
|
450
450
900
(完成レベルへの移行期)
445
445
895
|
400
400
800
実用レベル
395
395
795
|
300
300
600
(実用レベルへの移行期)
295
295
595
|
250
250
500
学習レベル
245
245
495
|
5
5
10

 そもそも英語能力というのは,どこから始まってどこで終わるといった明確な線引きのできる性質のものではなく,また,線引きを強行すると誤解を招く恐れがあるので,「完成〔実用〕レベルへの移行期」というどちらのレベルとも考えられる緩衝地帯を設けてみた。
 参考資料として,今までに分かっているいくつかの具体的な例を挙げてみると,次のようになる。SP(Secure Program)は公開テストを示している。SP の受験者は自分の意思で受験する人々であるため,TOEIC スコアは高くなる傾向がある。海外未経験大学生のほうが大卒新入社員よりスコアが高いのはそのためである。海外経験大学生のLは「完成レベルへの移行期」に属しているが,全体的には「実用レベル」に入れるのが順当であると判断した。

実用レベル
海外経験大学生(SP)
413
333
746
実用レベルへの移行期
海外未経験大学生(SP)
288
253
541
学習レベル
大卒新入社員(2000年度)
239
211
450

 この表の利点は,目標値である「実用レベル」に対する位置関係がはっきりし,自分の英語能力に照らし合わせて見た場合,努力目標への距離がつかみやすいことである。
利用頻度の高い「学習レベル」
 前節は,英語能力の全体像を把握しやすいように,「完成レベル」,「実用レベル」,「学習レベル」の3種類に分類し,緩衝地帯として「完成レベルへの移行期」と「実用レベルへの移行期」の2段階を設けた。ここでは,最も利用頻度が高いと思われる「学習レベル」について,もう少し述べることにする。
 筆者のこれまでの調査によると,LとRが実用レベルとして使える最低限度はそれぞれ 300 程度であると判断される。Tで言えば 600 台というところである。この英語能力レベルが下がると緩衝地帯としての「実用レベルへの移行期」(Tは 500 台)となり,さらに下がると「学習レベル」へとつながる。
 「学習レベル」をさらに利用しやすいように細分化すると次のようになる。

学習レベル(上級)
245
245
495
|
200
200
400
学習レベル(中級)
195
195
395
|
150
150
300
学習レベル(初級)
145
145
295
|
5
5
10

 LとRの 200~245(Tは 400 台)は「学習レベル」としては上位に属する能力レベル(学習レベル-上級)ではあるが,その英語能力は表現能力はもとより,理解能力も実用に役立てるには物足りない。しかし,運用能力をあまり重視していない現在の学校英語教育の枠内では,かなり努力をし,それなりの成果を収めてきている層であることは間違いない。具体的には,大卒新入社員の TOEIC 平均スコアがこのレベルである。
 この層の特色の一つは,LよりもRのほうがスコアが高いパターンを示す受験者がかなりいるということである。つまり,L<Rパターンである。一般的に言うと,TOEIC 受験者のパターンはこれとは逆のL>Rであるのが普通なので,この現象はむしろ異常と言える。筆者の勤務校での調査結果によれば,L<Rパターンは 400 台で 45.5%,500 台で 41.2%を示している(ただし,Rは 200 以上に限る)。こうした現象は日本人受験者,特に大学受験に強い影響を受けた受験者に多く見られるものである。音声英語より文字英語を重視する現在の学校英語教育の反映と考えられる。したがって,学校英語教育が正常化し,諸外国のように,音声中心の教育が実施されるようになると,この大学受験パターンは自然消滅することが予想される。
 LとRがさらに下がって 150~195(Tは 300 台)となると,限られた狭い範囲の英語でないと理解できない(学習レベル-中級)。英語で表現する訓練を短時間で行うためには,決り文句(routine)を丸暗記するか,一部分を差し替えて表現する文型(pattern)を学習する以外には方法がない。
 LとRが最後の5~145(Tは 300 以下)まで下がると,英語の理解も表現もまったくと言ってよいほど役に立たない(学習レベル-初級)。これまで学校教育を受けてきた大学生および大卒社会人は,理由はいろいろあるとしても,従来の知識中心の英語教育をまったく受け付けなかったわけであるから,文法とか,英文和訳などの従来型英語教育の教え方は役に立たないと考えたほうがよい。むしろまったく違ったアプローチ,たとえば英米人教師による生活中心の英語を,音声英語を通じて,直接教えるようにしたらどうであろうか。英語教育は本来そうあるべきものである。学習者の性格に合わない一旦失敗した学校英語教育の方法を繰り返すのはあまり賢明な方法ではない。成功は期待できないからである。
個人指導用のデータ作成
 英語学習のために役立つ情報は,TOEIC スコアの抽象的な絶対評価ではなく,学習目標の「実用レベル」に到達するためにはどのような努力をしなければならないかを示す具体的な相対評価であることは,前々節ですでに述べた。ここでは,個人指導用(カウンセリング用)データの作成について述べることにする。
 個人指導用データ作成に必要な項目としては,次のようなものが考えられる。
  1. 個人受験者 TOEIC スコアの学内ランク・パーセンタイル・実用レベルとの差
  2. 学内総受験者のスコア分布,および専攻別・男女別・海外経験の有無のスコア分布
  3. 学外各種受験者データとの比較
1は個々の学生に関する TOEIC スコアの分析である。TOEIC スコアはL(Listening),R(Reading),T(Total)の3種類から成り立っているが,そのそれぞれのスコアについて,学内総受験者内のランク・パーセンタイル・レベル(実用レベルとの差)が分かると,カウンセリングがしやすい。たとえば,次のような形式が考えられる。

スコア
225
325
550
ランク
165
9
49
パーセンタイル
66.9
98.1
90.5
レベル
学習レベル
実用レベル
実用移行期
参考(実用レベル)
300
300
600

 「ランク」と「パーセンタイル」は学内における英語能力評価であるので,それだけでは学生のスコアがどの英語能力レベルを示しているのか分からない。それを知るためには「レベル」を利用する。この場合,学習目標は実用レベルであるので,実用レベルの最低スコアを「参考」として示してある。「ランク」は総受験者数内の順位であり,「パーセンタイル」は当該学生より下位のスコアを取った学生数をパーセンテージで示したものである。ちなみに,これらを算出するには,Excel の統計関数 Rank と Percentile を使えばよい。
 2の「学内総受験者のスコア分布」は,当該学生の英語能力の学内における位置関係を知るための重要な情報を提供する。たとえば,990~900(完成レベル),895~800(完成移行期),795~700,695~600(以上,実用レベル),595~500(実用移行期),495~400,395~300,295~200,195~100,95~10(以上,学習レベル)のように全体を 10 分割して,それぞれのスコア範囲内の受験者数を表示すれば全体像が把握でき,カウンセリングの際に役に立つ。「専攻別・男女別・海外経験の有無のスコア分布」は,当該学生の英語能力の位置関係を知るだけではなく,学生全体の英語能力の現状を把握するためにも役に立つ。
 3の「学外各種受験者データ」は,大学生・大卒新入社員・一般社員・海外経験(未経験)大学生(社員)などの TOEIC スコアのことで,学内を越えたさらに広い観点から,当該学生の位置関係を知るための貴重な情報となる。もちろん学生全体の位置関係を知るためにも役立つ。これらのデータは TOEIC 運営委員会に提供を依頼することができる。
 TOEIC の実施は TOEIC 運営委員会に委託すれば簡単に行うことができる。テスト実施後,全受験者のデータは FD で提供されるので,これを基に,2で述べたように,それぞれの大学のデータを追加して整理すれば,その価値は計り知れない。
 それと同時に,こうすることによって,大学は自らの英語教育の中に積極的にそのデータを組み込むことができる。現在 TOEIC を導入した大学はすでに数多くあるが,これまでは大学は単に TOEIC テストセンターだけの機能を果たすだけであった。今後は積極的に TOEIC の成果を大学英語教育の中に組み込むことによって,大学英語教育をデータに基づいて,科学的に改善する必要があると思われる。その意味では,英語能力をスコア表示する TOEIC は絶好のプログラムである。

[ 前ページ | トップ | 次ページ ]