13.大学における TOEIC の利用法(2)
カリキュラム見直しのためのガイドライン
 前回は学生のための個人指導用に TOEIC をいかに利用するかについて述べたが今回は大学における英語教育の効率化を図るためにいかに TOEIC を利用することができるかについて述べることにする。
 大学英語教育のカリキュラム作成上で一番問題になるのは,学生の英語能力に合った科目をいかに合理的な基準に基づいて設けるかということである。一般的に英語能力は listening,speaking,reading,writing の4種類の技能に分類されるので,これに基づいてクラス編成を行うことが合理的と思われる。しかし,実際には listening と speaking を別々に扱って,リスニング・クラス,スピーキング・クラスとすることはない。これらは1つにまとめて「英会話クラス」とするのが普通である。これに対して,reading は単独のクラスとして扱われている。いわゆる「読解クラス」であり,クラス数としてはこれが大学英語教育の主流を占めている。writing を扱うのは「英作文クラス」であり,「読解クラス」と比べるとクラス数ははるかに少ない。難しい科目と見なされているためである。以上の「英会話クラス」,「読解クラス」,「英作文クラス」の3種類が大学における英語教育の通常の分類である。
 「英会話クラス」は,実際の教室では外国人教員がほとんど一人でしゃべり,学生は予め与えられた表現を発話する程度である。したがって,「英会話クラス」とうたってはいるものの,実際にはほとんど listening の練習であり,厳密な意味では speaking の練習は行われていない。speaking とは自分の考えを自分の英語で表現することであると定義した場合,「英会話クラス」では speaking を教えてはいないと言える。したがって,「英会話クラス」は実質的にリスニング・クラスであると考えてよい。スピーキング・クラスではない。
 実はこれには十分な理由がある。speaking の学習は,listening がすでに相当高いレベルにないとスムーズに行うことができない。聞けないものは話せないからである。少なくとも外国人教員の話す英語が理解できなければ speaking の学習は導入できない。ところが実際には,教員の話す英語を楽に理解できる学生は少数であるため,speaking を教えること自体に無理がある。そのため,教員がいくら努力しても学生がついて行けないので,結果的に「英会話クラス」はリスニング・クラスの域を超えることができないのである。
 この関係を TOEIC スコアとの関連で考えてみよう。教室で話す外国人教員の英語レベルは学生の英語能力を勘案してレベルを下げるのが普通なので,これを考慮すると,教員の英語を理解できる TOEIC スコアはLで 250 程度であろう。欲を言えば 300 程度は欲しいところである。これらはTで言うと,それぞれ 500 と 600 程度に相当する。しかし,これらのスコアを得点できる学生は実際にはきわめてわずかである。おそらく全体の数パーセントにとどまるであろう。つまり,speaking を効果的に指導するためには,わずか数パーセントの学生を対象にしなければならないことになる。残りの大部分の学生に対しては,意識して listening に重点を置いたリスニング・クラスにしたほうが理にかなっている。そしてこの場合には,学生の理解力を中心とした学習になるので,担当者は必ずしも外国人教員である必要はない。
 「読解クラス」が圧倒的に多く,「英作文クラス」が少ないのも同じ理由による。従来の英語教育は文字英語中心であったため,reading と writing との英語レベルの区別は比較的明確に行われてきている。reading で扱う英語レベルは writing で扱う英語レベルと比べると,格段の差がある。reading の英語レベルのほうが writing よりはるかに高い。高等英作文と称する教科書の中には,読解用教科書とそれほど英語レベルの差のないものを導入することがあるが,そういった英作文教科書は現実には使いこなすことはできない。
 「英作文クラス」に適した英語能力レベルを TOEIC スコアに換算すると,これも listening と speaking の関係に似ている。Rで 250~300 程度が「英作文クラス」に適している。Tでは 500~600 程度に相当する。したがって,これも学生の中には有資格者が少ないので,「英作文クラス」の数は「読解クラス」に比べると圧倒的に少なくなるはずである。それほど「英作文クラス」の数を減らさないのであれば,極端に英語能力レベルを下げなければ成り立たない。現実においても「英作文クラス」の性格はそのようになっている。
カリキュラム作成の一試案
 TOEIC スコアを利用したクラス編成のガイドラインについては前回で述べた。すなわち,500 を分岐点とし,それ以上をスピーキング・クラス,およびライティング・クラス(上級英作文,または自由英作文)とする案である。500 は実用レベル移行期の最低レベルであり,すでに学習レベルを越えた英語能力を示している。しかし,この 500 という分岐点は日本人大学生にとってはかなり高いハードルであり,大部分の大学でほとんどの学生が 500 以上のレベルには達しないことが予想される。
TOEIC 500 以上の学生
 500 以上の学生に対しては,言語教育としては,外国人教員によるスピーキング・クラス,およびライティング・クラスを履修させるべきであり,また教室内での使用言語は英語のみとすべきである。英語を使って外国人教員の英語を理解し,それを当然のこととしながら,今度は英語による表現の方法を,理論ではなく,実践の中で練習しながら学ぶのである。要するに,自国人の行う言語習得方法と同じである。500 未満の学生に対しては,この方法はとることができない。外国人教員が英語で内容を説明しても,学生には容易に理解できないからである。
 スピーキング・クラス,およびライティング・クラスではなく,たとえば異文化コミュニケーションとか英米事情などを英語で教えるのは,それ自体としては非常に重要であり,なくてはならないものではあるが,言語教育としての範囲は越えていると考えられるので,ここでは取り扱わない。これらのクラスは専門教科などの内容教科として学生に履修させるべきものである。これと他の内容教科との違いは,単に使用言語が日本語であるか,英語であるかだけである。
TOEIC 500 未満の学生
 500 未満の学生に対しては,原則として英語の理解能力を強化することを主体に教えるべきである。このレベルの学生にスピーキング・クラス,およびライティング・クラスを履修させる場合には,listening または reading の延長として教えるべきである。まだ厳密な意味での speaking と writing を教えるべきレベルには達していないからである。
495-400
 495~10 はすべて学習レベルであるが,その中でも 495~400 は学習レベルの上位に属するので,多少特別扱いをすることが望ましい。speaking 学習と writing 学習も,listening や reading の範囲を多少はみ出した程度のものであれば導入しても何ら差し支えない。教員は日本人でも外国人でもよいが,speaking は外国人のほうが無難かもしれない。その場合には,日本語ができたほうがクラス運営上からは便利であり,効率もよくなる。writing は日本人のほうが適している。教授法としては,できる限り多くの英語を書かせることに重点を置き,またできる限り訂正しないほうがよい。過度の訂正は学生を萎縮させ,英語を絶えず意識させ,間違いを極度に嫌うようにさせるからである。なるべく多くの英語を書かせ,それを通して writing の訓練をするのが好ましいからである。習うより慣れよ,の発想である。
 しかし,この上位学習レベルで最も大切な学習目標は理解力を伸ばすことにある。つまり,listening と reading の訓練である。listening 学習のためには,たとえば VOA(Voice of America)のラジオ放送,特にスピードと語彙数を下げた Special English の番組を利用するとよい。視覚に訴えたものとしては,画面の下に英語の文字が入る closed caption を使った劇場フィルムのビデオを利用するとよい。これはもともとアメリカの難聴者向けのものであり,英語学習用教材ではない。しかし,きわめて多くのフィルムがビデオ化されているので,いろいろな題材を選択することができる。この closed caption を使うと,画面とともに文字も消えるので,速読用の教材にもなり得る。同様のことは VOA についても言える。スクリプトを見れば reading 学習をすることができる。reading 学習に最適なのは英字新聞である。話題が多岐にわたっており,国内ニュース,つまり三面記事などは特に分かりやすい。身近な英語に慣れるという意味でも教材に適している。値段も安い。
395-10
 395~10 の学生は完全な学習レベルにある。原則的には英語の基礎知識を学習し直すことが重要であるが,もし学生がこのような知に働いた従来型のアプローチを受け入れないようであれば,外国人教員と絶えず接触させることによって,英語学習ではなく,自国人のように英語習得に重点を置いた学習のほうがよいかもしれない。この教授法は時間がかかり,それだけ効率の点では劣るが,実はこれが最も正統な言語学習方法なのである。
入試制度点検のためのTOEIC利用
 今日の大学,特に私立大学にはいろいろな形式の入試制度がある。一般入試,推薦入学,センター試験入試,AO 入試,一芸入試,社会人入試,卒業生子女の優先入学など,まさに何でもありの感がある。これは,最近の高校卒業生の激減により大学定員割れが 30 %にも及ぶと言われる今日の現象に対する,私立大学の対抗策であると思われる。いずれにせよ,これらの現象と相まって,私立大学の入試の多様化はますます加速されて行くであろう。
 このような状況下では,私立大学にとっては,学生の質よりも定員充当のほうが焦眉の急であろうが,それでもできる限り学生の質は高く保ちたいというのが本心であろう。そうしなければ大学の評価は落ち,結局は大学の崩壊につながるからである。大学側としては,もし入学試験制度に問題があるとすればどこに問題があるかは知りたいところである。選抜試験制度の適不適の基準はいろいろ考えることができるが,かりにこの基準として英語を選んだとすると,TOEIC の利用はきわめて効果的である。TOEIC は英語能力試験としてはきわめて信頼度が高いからである。
 上の例で言えば,一般入試とセンター試験入試を採用した場合には,TOEIC スコアとの乖離はあまりないと思われる。個々の入試問題は信頼度の点では多少問題があったにしても,それぞれ同一基準に基づいて作成され,評価されるので,それほどの違いが生じることはない。問題なのはその他の入試制度である。
 たとえば,推薦入試の場合には,万が一にも推薦高校側で英語の成績に手心を加えるようなことがあった場合には,その結果は直ちに TOEIC スコアに反映され,内申書に示された成績より低いスコアとなって白日の下にさらされる。もしこのようなことが起これば,その学生を推薦した高校は将来の推薦枠をはずされることにもなるであろう。その他の入試の場合にも,同様のことが起こり得る。特に,英語の試験をまったく行わない,または行っても形式的に行うに過ぎない入試制度の場合には,英語能力は一般入試の学生に比べてはなはだしく劣ることが予想される。そこでまた新たな問題が生じることになる。それは入学後の英語教育である。
 しかしこれはある意味では,入学後の英語教育のカリキュラムを見直すための建設的な第一歩を踏み出すための必要な手順とも言える。なぜなら,TOEIC を新入生に実施することによって,従来経験的に理解してきた学生間の英語能力差を数字によって,客観的に明確に示すことができるからである。これらの英語能力格差の事実を数字として突きつけられると,否応なしにある程度の能力別クラス編成をせざるを得なくなる。厳しい事実を認めるのはつらいことであるが,一旦認めてしまえば,その対応は反ってやりやすくなる利点がある。TOEIC の導入は,入学前の各種入学試験の評価に役立つだけでなく,入学後の英語教育の指針を決定し,カリキュラムを改革するための判断材料としても役に立つ。
 入学後の問題としてはもう一つ最近耳にする問題がある。それは大学生の卒業資格試験として,信頼できる英語テストを実施すべきであるという案である。なかなかの案であると思われるが,ここには一つ落とし穴があるので注意しなければならない。たとえば,TOEIC を利用した場合のことを考えてみよう。2000 年度新入社員の TOEIC 平均スコアが 450 であったので,目標値という意味もこめて,これを卒業資格としたとすると大変なことになる。それはこの 450 は平均スコアであるので,もしスコアが正規分布していたとすると,450 以上のスコアを取ったのは 50% であり,残りの 50% は 450 以下であるからである。これでは半数の学生が卒業できないことになってしまう。現実的には大半の学生を卒業させなければならないので,450 といった高いスコアではなく,200 程度の低いスコアを資格レベルとして設定しなければならない。そうなると卒業資格試験制度を設ける意味がなくなってしまうかもしれない。TOEIC は achievement test ではなく,proficiency test であるので,飴細工のようにスコアを簡単に上げることができないことを忘れてはならない。
信頼できる最低スコアは何点か
 大学生にとって TOEIC はかなり難しい試験である。たとえば,2000 年度大卒新入社員の平均点は 450 であったが,もしこれが正規分布をしているとすると,半数は 450 以上であるが,半数は 450 以下であることを示している。しかも,この数字はいわゆる一流企業に就職した新入社員を示している。彼らの平均的英語能力は一般大学新卒の英語能力よりも上位にあることが予想される。したがって,すべての大学卒業生が TOEIC を受験したとすると,そのスコアは 450 よりも下がることが予測される。
 一般的に言うと,低い英語能力は高い英語能力と比較すると不安定であるので,測定がしにくく,それだけ測定の信頼性が下がることになる。つまり,スコアが下がれば英語能力は測定しにくくなり,その測定値は信頼性が劣ることになる。では TOEIC はどのレベルまで,ある程度の信頼性を保って測定できるのであろうか。どのスコアまでは信頼できる測定値と言えるのであろうか。その点を探ってみよう。
 TOEIC の最初のころに実施されたテスト・フォームに Form 3BIC というのがある。TOEIC は原則としてテスト・フォームを公開しないが,これは一般に公開された数少ないフォームの一つである。TOEIC は素点ではなく換算点でスコア表示を行い,Listening(L)スコアと Reading(R)スコアの合計を Total(T)スコアで示す。Form 3BIC スコア換算表の最後の部分は次のようになっている。この換算方式は Form 3BIC にのみ適応されるものであるが,一つの判断材料にはなり得る。

素点(正解数)
換算点
素点(正解数)
換算点
22
45
10
10
5
5
21
40
5
9
5
5
20
35
5
8
5
5
19
25
5
7
5
5
18
20
5
6
5
5
17
15
5
5
5
5
16
10
5
4
5
5
15
5
5
3
5
5
14
5
5
2
5
5
13
5
5
1
5
5
12
5
5
0
5
5
11
5
5

 この表のLの最低点は,正解 15 問以下は全問不正解であろうと何であろうと,すべて5(実質的には,リスニング能力ゼロ)である。Rの最低点はこれよりもさらに強烈で,正解 21 問以下はすべて5(リーディング能力ゼロ)である。つまり,Lの正解 14~0 問の範囲内にある計 15 問,Rの正解 20~0 問の範囲内にある計 21 問はスコアとしてはまったくカウントされないことになる。この範囲の素点はすべてゼロ能力と判断されている。
 では TOEIC スコアは何点以下をもって信頼性が低いと見なすべきであろうか。結論的には,おそらくT200 程度であろうと思われる。これ以下のスコアの場合には,信頼性に問題があるのではないかと一応疑ってみる必要がある。したがって,200 以下の場合には,英語能力差を弁別することはできないと理解すべきである。たとえば入試などのように,英語能力によって選抜を行う場合には,200 以上の場合には TOEIC スコアで選抜を行うことはできるが,200 以下の場合には,TOEIC スコアで選抜を行うべきではないと考えたほうが無難である。形の上ではスコア差があったとしても,それは必ずしも英語能力差があることを意味してはいないからである。

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