カリフォルニアの青い空 ― 22.引っ越し

赤井田拓弥がカリフォルニア州 Palm Desert にある College of the Desert に留学していたときに起きた、さまざまな出来事をエッセイ風に書いています。


掲示板を見て電話をくれ、私のアパートにやって来た人は、William Major Buck という名前の男性で、そのとき32歳ということだった。私より9歳年上の人だった。勤めているという。

その人が借りているアパートは2部屋あり、そのうちの1部屋が空いているので、シェアしたいということだった。

それまでは、studio-type のアパート、いわゆる1ルームをシェアしていたので、1つの部屋に2人が寝ていた。つまり、壁のない1つの部屋に2人が寝るのである。こうした生活は、大学時代に新聞配達をしていたときにもなかったことだったので、いささか息が詰まる思いではあった。

しばらく話をして、彼とルームシェアすることに決めた。引っ越しは簡単である。私の持ち物は、ちょっと大きめのスーツケース、新たに買ったブランケット、枕、シーツ、わずかの食器である。それらを、新しく買った車に積んで、彼の車のあとを付いていった。

それまでルームメイトだった韓国生まれの日本人には、あとで報告することにした。前からいた日本人の先輩たちも、そのほうがいいだろうと言ってくれた。

こうして私が1978年6月初めまで住むことになったアパートは、アメリカに初めてやってきて、グレイハウンドバスを下りた Indio という町にあった。大学からは10マイル離れたところにある街である。

引っ越したアパートの、私が住む部屋は8畳くらいの広さだった。キッチンとダイニングルーム、リビングがつながっており、足すと20畳くらいだった。トイレは2つ付いており、別々のトイレを使うことができた。バスタブの付いた風呂は1つしかなかったが、シャワーは2つあった。

新しいルームメイトは、ベトナム戦争に行ったことがある、いわゆる veteran(兵役経験者)で、働いていたが、兵役経験者は大学の学費が無料だということで、大学の授業を受けようと思っていたらしい。それで、私が通う大学に来て掲示板を見たという次第だった。

ただ、結局、大学には通わず仕舞いだったようだ。

彼は当初、僕に支払い能力があるのかが心配だったようだ。私は私で、彼が30歳を超えて独身だったので、もしかしてゲイかもと心配だった。それで、住み始めてしばらくは、私は部屋にカギをかけて寝ていた。

 

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