シアトルのホテルで男にレイプされそうになった話

 ずっとずっと昔のこと、25歳になる直前に Amtrak という列車でアメリカ一周旅行をしたことがある。

 1か月間乗り放題の周遊券(Rail Pass)が、1ドル300円のときに255ドルだった。

 5月3日にロサンゼルスの Union Station を出発し、シアトル、シカゴ、ボストン、ニューヨーク、ワシントンと回り、ニューオーリンズのジャズバーで出演者のジャズバンドに25歳の誕生日を祝ってもらい、6月1日にカリフォルニアに帰ってくるという一人旅だった。どこの市を訪問し、どこのホテルに泊まるのかも決めていない、まったく気ままな旅だった。

 朝10時半にロサンゼルスの Union Station を出発した Amtrak の列車は、サンフランシスコを過ぎるあたりで夜になり、車内泊になる。まだ利用者が少なかったのか、2人掛けの列に1人しか座らないし、椅子がほぼフラットに倒せるので、ダブルベッドに寝るような感覚で、すこぶる快適な夜行列車である。当然、枕もブランケットも支給される。

 出発して2日目に、早くも事件が起きた。

 オレゴン州の Portland で30分ほどの停車時間があったため、列車を降りて駅舎に行き、売店で絵はがきやスナックを買って席に戻ると、見知らぬ男が、私が座っていた席の通路側に座っていた。

 それで私は彼に、These seats are mine. と言ってみた。すると、Both are not yours, right? と返された。確かに、それまでは乗客が少なかったから、1人で2席とも占領していたが、シアトルに近づくにしたがって乗客も増え、二人並んで座っている席もいくつか出てきていた。

 その男の last name は忘れてしまったが、名前(first name)は David といった。弁護士だという。私もアメリカの大学ではジャーナリズムを勉強していたので、法律用語などは少し知っており、彼に弁護士のことや仕事のことなどをいろいろと聞いてみた。確かに、弁護士だろうという感触だった。

 行き当たりばったりの旅なので、シアトルでは、まだどこのホテルにも予約はしていなかった。これから探さなければならないと私が言うと、David の話では、安いシングルだと5ドルくらい、ツインだと20ドル前後だという。 そして、彼がこう提案してきた。

 「僕は17ドルの部屋に予約を入れている。ツインにすれば22ドルだから、ツインにして、同じ部屋に泊まれば、君は5ドル払ってくれるだけでよい

 旅のしょっぱなからホテル代に多くの金を使いたくないと思っていたので、うっかり「渡りに舟だ」と思ってしまった。1泊5ドルで済めば大助かりだった。

 これが悲劇を招くことになる。

 男と同じホテルの同じ部屋に泊まることにしたが、だんだん不安になってきた。

 最初は、同じ部屋に泊まり、私が寝入ったころを見計らって物を持ち逃げするのではないかと思った。

 いろいろと話していて、確かに弁護士のようだし、そういった罪を犯すような人には思えなかったので、その疑念は外せると考えた。

 そして、今度は彼がゲイ(ホモ)ではないかと思い当たった。

 「食事に行こう」 と言うので、ついていった。連れて行かれたのは、かなり高級そうな日本料理屋である。「僕はあまり金がないから、こんなところは」 と辞退したが、彼が払うと言う。

 ごちそうになることにした。食べたのは天ぷら定食。久しぶりのちゃんとした日本料理で美味かった。

 ホテルへの帰り、ウォーターフロントのバーに寄った。そこで彼が注文したのが Irish coffee。そして、私にもそれを頼めと言う。

 この時点で彼がゲイであることがはっきりした。

 アイリッシュ・コーヒーというのは、コーヒーに Irish whiskey を入れた飲み物である。

 当時、ゲイが多いとされるサンフランシスコでは、アイリッシュ・コーヒーはゲイが好むコーヒーだとされ、頼むときには注意しろと言われたものだ。アイリッシュ・コーヒーを飲んでいるのが分かると、ゲイの人たちに言い寄られるよ、というのだった。

 もちろん、それまでゲイの男性と同じ部屋に泊まったことなどなかったから、焦った。しかし、もうすでに夜の11時を過ぎていた。すでに5ドルを彼に渡したし、これからほかのホテルを探せるとは思えなかったので、なんとか朝までやり過ごすことにした。

 部屋に戻ると、さっそく私は、「ゆうべは列車で寝たためシャワーを浴びていないから」 と彼に伝え、すぐに bathroom に飛び込んだ。

 お湯をいっぱいに溜めてゆっくりと入った。そして、一度お湯を捨てて、また溜め、時間を使った。そうしているうちに彼が眠り込んでくれるだろうと思ったのだ。

 小一時間をかけて風呂に入り、出てきてみると、彼は起きていた。ああ、やっぱり。

 もちろん、別々のベッドに入って寝ようとしたが、彼がいろいろと話しかけてくる。

  Did you like that Irish coffee?

  Do you like pajamas?

  Do you know karate?

などなど。

 

 少しうとうととしかけたとき、すぐそばに人の気配を感じて目が覚めた。そして、こんな会話になったのだった。

  私: What are you doing?  What time is it?

  彼: Do you really wanna know what time it is?

  私: Not really, but you’d better go to sleep because you’re gonna drive long way to Canada tomorrow.

 夕食のときの会話で、次の日に車を借りてカナダのバンクーバーに行こうという約束になっていたのだった。

 最後に、彼がこう言った。

  I’m restless.  Let’s have fun before we go to sleep.

 私は No way! と言ってシーツを身体にぐるぐる巻きにし、まんじりともせずに夜を明かしたのだった。

 次の朝、彼はゆうべの騒動は忘れたかのようにケロッとしていて 「カナダに行くよ、起きなさい」と言ってきたが、私はもちろん断った。

 この話をしたところ、ある人は 「ホテル代やディナーを出してもらったのだから、思いを遂げさせてあげればよかったのに」とのたもうた。

 

 あとあと考えると、このときにカナダに行かなくて正解だったと思える。
 デトロイトから歩いてカナダのウィンザーという街に行けるトンネルがあるが、そこでいろいろと書類を見せ、「カナダに行ってまた戻って来られるか」と訊いたところ、移民局の係官は,こう答えた。

 If I were you, I wouldn’t.

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