カリフォルニアの青い空 ― 33.ドーナツ店でのアルバイト

 私が住んでいた Indio のアパートからそれほど離れていないところに、日本人が経営するドーナツ屋さんがあった。Happy Donuts という名前だった。

 この店主は30歳くらいの人だったが、日本ではかなり有名な大学の大学院まで出た人で、光工学を研究し、ある超有名企業の研究室に勤めていたとか。1960年代での大学院卒は、かなり稀だったと思う。
 私がアルバイトを始めた時点では、店主は独身だった。その後、日本からお嫁さんがやって来た。

 店主のお姉さんがスイス人と結婚してこの砂漠の町に住んでおり、同じくドーナツ屋さんを経営していた。

 彼は休暇を利用してだったか会社を辞めてだったか、私の記憶が定かではないが、お姉さんを訪ねてアメリカにやってきた。そして、スイス人の義兄のもとでドーナツ作りの修行をし、自分の店を開店させたのだった。

 その店でバイトをしないかという話になり、ありがたく請けた。
 時給は2ドル50セントだった。当時のレートが1ドル300円だったから、750円相当である。東京でやったシロアリ駆除のバイトが550円だったから、高い時給だと喜んだ。2ドル50セントというのは、当時のカリフォルニア州の最低保証時給だったのだが。

 週給で、現金で払ってもらった。証拠が残らないようにである。

 そのアルバイトは朝5時頃から8時まで。そのあと、学校に行く。なので、朝4時半に起きることになった。大学時代に新聞配達をしていたときと同じである。
 大学のときは4時起きだったが。

 また朝早く起きて仕事をし、そのあと大学に通うことになるなんて、なんと因果なことかと思ったものだ。
 このまま一生、朝早く起きる仕事がつきまとってしまうのではないか、などと思ったりもした。

 アルバイトをしていることが移民局の人たちに見つからないように、裏方の仕事を任された。つまり、ドーナツ作りである。素人の私にできるのかと思ったが、当時からかなり機械化されていたので、そんなにたいへんではなかった。

 揚げ上がったドーナツに砂糖やチョコレートをグレーズしたり、カスタードクリームを機械で注入したりである。ドーナツを揚げるのも、機械で時間が設定されており、揚がると、自然に出てくる。私たちは、ただ見ているだけである。

 店は朝6時頃に開ける。コーヒーを飲みながらドーナツを breakfast にする人は多い。私もこれが好きになり、今でも、ときどき、朝コーヒーを飲みながらドーナツを食べる。

 移民局に見つかってはいけないので、私は店頭に出てはいけないことになっていたが、しばらくすると、店主に 「レジもやって」 と言われ、恐る恐るレジをやったりもした。

 おっかなびっくりの仕事だったが、レジでの客との応対はけっこう英会話のトレーニングになった。

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