旦那は別荘にでも行ったんか? ― 実は、そうなんよ。

 大学時代に私は育英奨学生として新聞配達をしていた。

 私の配達区域に、ほかの集落とはちょっと異質の民家の集まりがあった。

 私がその区域の配達をまかされたとき、ほかの民家が集まっているところから少し離れた小高い丘の裾を切り開いて造成した感じのところに10数軒の真新しい家の集まりがあった。すべての家がまだ真新しかった。

 その10数軒のうちの8軒ほどが読者だった。

 

 その集落に入ってすぐのところに集会所があり、それに棟続きで民家があって、中年の夫婦が住んでいた。子はなかったように思う。

 大学2年の初めまで配達していた区域から配置換えになってこの区域を配達し始めたのが、2年になった初夏の頃だった。もう暑い季節だ。

 夕刊の配達でその集落に行くと、何人かの男の人たちが上半身裸で道を歩いていたり、家の前にたたずんでいたりする。そのほとんどが、背中に倶利伽羅悶々(刺青)を入れているのだった。

 夕刊配達の時間は午後5時前後だったが、その時間に男たちがすでにそこにいるのかも不思議だったが。

 やっぱりビビる。

 最初は目を合わさないようにして挨拶をしていたが、家の前でたたずんでいる人は「おぅ、新聞くれや」と言われ、直接手渡したりしていた。

 最初の集金のとき。

 集落の入口にある集会所の隣の家に、まず行く。するとなんと! その集落の読者全員の購読料を、その家の人が払ってくれるのだった。

 気さくな奥さんで、集金のたびに少しずつ話をするようになった。そして、数か月もすると、双方タメ口で話したりしていた。

 あるとき、そこのご主人をしばらく見ないので、「旦那はどうした? 別荘にでも行ったんか?」と冗談で話すと、奥さんは「実はそうなんよ」と返してきた。私が「何したんか?」とたたみ掛けると「まあね」と逃げられたが。

 

 それからしばらくして、そのご主人を見かけるようになったので「あ、出所したんだな」とは思ったけど、もちろん理由などは訊かなかった。

 ただ、今にして思うと、数か月だけの刑期ってあるのだろうか。

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