赤井田のつぶやき

生活英語

英語の satsuma は何という意味?

今では、kimono、judo など、多くの日本語が英語として使われています。その中で、最初に英語になった日本語は何だと思いますか。  英語辞書の最高峰とも言える Oxford English Dictionary(略して OED)によると、最初の日本語は1577年に採用された kuge(公家)で、次に、1588年に bonze(坊主)が収録されたそうです。  Oxford English Dictionary は良い辞書ですよ。OED(おぉ、えぇでぇ)と言いますもんね。
2022.03.11
赤井田のつぶやき

シアトルのホテルで男にレイプされそうになった話

 最後に、彼がこう言った。 I'm restless. Let's have fun before we go to sleep.  私は No way! と言って、シーツを身体にぐるぐる巻きにして、まんじりともせずに夜を明かしたのだった。  次の朝、彼はゆうべの騒動は忘れたかのようにケロッとしていて 「カナダに行くよ、起きなさい」と言ってきたが、私はもちろん断った。  この話をしたところ、ある人は 「ホテル代やディナーを出してもらったのだから、思いを遂げさせてあげればよかったのに」とのたもうた。
2021.12.02
屋久島のこと

1964年に日本を襲った20号台風

 9月になると、私が小学5年生だったときの台風を思い出す。1964年(昭和39年)9月24日に屋久島を襲った。
2021.12.02
生活英語

第二言語習得に臨界期なんてあるのか?

2000年にRobert DeKeyserがハンガリー人の移民コミュニティで、英語能力とアメリカ合衆国への移住時期、および外国語学習に関する適性の調査を行った結果によると、16歳以前にアメリカへ移住した人は、みな高い英語力を示したのに対して、それ以降の年齢で移住した人については個人の素質によって言語能力に差がみられたという。
2021.12.02
屋久島のこと

祖母と大伯母のこと。

祖母は1893年(明治26年)生まれ。私が1953年生まれなので、ちょうど60違う。 祖母が還暦のときに生まれた孫だったからか、殊の外、私をかわいがってくれた。私は「ばぁちゃん子」だった。 お寺に行くときも温泉に行くときも、私を連れていってくれた。兄たちを連れていかなくても、私を連れていってくれた。
2021.12.02
生活英語

「北上、南下」と back east、out west

 back east は、We are going back east to visit my wife's parents for Christmas. のように使うことが多い。つまり、「出身地に戻る」という意味合いで back が使われているので理解しやすい。しかし、カリフォルニアで生まれ育った人でも、I'm going back east on a business trip. と言うことがある。自分の生まれ故郷の方に向かうわけではなくても back を使う。
赤井田のつぶやき

旦那は別荘にでも行ったんか? ― 実は、そうなんよ。

あるとき、そこのご主人をしばらく見ないので、「旦那はどうした? 別荘にでも行ったんか?」と冗談で話すと、奥さんは「実はそうなんよ」と返してきた。私が「何したんか?」とたたみ掛けると「まあね」と逃げられたが。
2021.12.02
生活英語

different from と different than の違い

「~と異なる、違う」には、different from ~とdifferent than ~という表現があります。 そして、「different from のかわりにdifferent than も使われるようになった」という声があったり、「different than は間違いで、正しい用法はdifferent from だ」という意見を聞いたりします。

しかし、実は、この2つはいずれも正しい用法です。もともと文法的な違いがあったのですが、両方を混同して使うネイティブ・スピーカーも多いというわけですね。
2021.12.02
赤井田のつぶやき

やくざの街、小倉での思い出 ― やくざに勧誘された

 私が「はい?」という感じで顔を上げると、30歳くらいの、見るからにその筋の人と思える人に、「兄さんは学生か?」と言われた。「そうですけど」と答えながらその人の手を見ると、小指が途中から欠けていた。
2021.12.02
赤井田のつぶやき

アタック・イン・サマーとは?

 アタック・イン・サマーというのは、暑い夏のあいだの新聞読者勧誘合戦である。  学生時代、北九州市小倉にある新聞販売店で新聞を配りながら大学に通った。いわゆる「育英奨学生」である。梅雨が明けた夏の暑いあいだ「アタック・イン・サマー」という催しがあった。これは、 奨学生による拡張合戦である。夏の最も暑い時期の1週間ほど、他店交流で新聞勧誘をやり、その成績を競うのである。  朝9時頃に他店に行き、その店の区域の担当者(奨学生)に案内されながら新聞の勧誘をやるのである。「あの家は朝日新聞を取っていて、もう長いから替えてくれるかも」とか「あの家は、けっこう新聞を替えているから、そろそろ口説けるかも」という説明を受けながら拡張をする。拡張というのは新聞の勧誘である。  こうして3時間あまりを勧誘に使い、昼過ぎに店に戻る。そこには、冷たい飲み物と豪華な昼飯が待っている。  昼食後、その販売店の店長や係の主任に、自分が勧誘して購読契約を取ってきた「購読契約書」を提出して、現金で勧誘料をもらうのである。  当時、半年以上の契約だと1,500円、3か月で800円、1か月だと300円だった。1日で数千円の現金を手にすることも可能だった。  その頃、300軒ほどの家に朝夕刊を配達し、集金をし、シバリ(契約の切れそうな読者を引き留めること)などの業務をこなして、1か月の手取り給料が3万円(4年次は4万円くらいになった)ちょっとだった。なので、1日当たり数千円を1週間頑張ると、月給と同じくらいの金額を稼ぐことも可能だったのである。  この 「アタック・イン・サマー」は、夏の甲子園野球で朝日新聞に奪われた読者の奪回という意味があったが、ある意味では、奨学生に対するボーナスだったのかもしれない。
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