カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 14.初めてのショッピング

 アパートにベッドは付いていたが、枕やブランケット、シーツなどの寝具がなかった。そのほか、シャンプーや石けんなどの日用雑貨、そして、向こう何日分かの食料品 (牛乳やパン、ジャム、卵、ベーコンなどなど) を買いに、彼らが車でデパートやスーパーに連れて行ってくれることになった。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 13.Palm Desert という町

州間高速道路10号線からパームスプリングスの北のほうで枝分かれして南に向かう州道で、北のほうから Palm Springs、Cathedral City、Rancho Mirage、Palm Desert、Indian Wells、La Quinta、Indio、Coachella という町がある。Coachella の近くには Salton Sea という大きな塩湖がある。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 12.アメリカ2日目 ― その3

ESL にようやくたどり着き、何度か手紙のやりとりをした責任者と会えた。ほんとうにうれしかった。ここで間違いなかったのだ。そして、ここでしばらく勉強するのだ。  新聞配達をする育英奨学生であまり真剣に大学に通ってはいなかったので、アメリカの大学に毎日通うことになると思うと、感慨深いものがこみ上げてきた。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 11.アメリカ2日目 ― その2

ロサンゼルス空港近くのホテルからダウンタウンのグレイハウンドバスのターミナルまでタクシーで行った。  バスターミナルは、アメリカ映画に出てくる風景そのものだった。「これがアメリカだ」と思った。  Palm Desert に行くバスを聞くと、「Palm Desert を通るバスはないが、Indio という町を通る。そこで降りて、Palm Desert に行くバスの運行をたずねるように」という回答だった。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 10.アメリカ2日目

 アメリカ到着の最初の夜は夜中に目が覚め、明け方近くまで悶々と過ごす結果となったが、明るくなって朝食を食べると、ゆうべ「明日にでも日本に帰ってしまいたい」と思ったことなどすっかり忘れ、アメリカで過ごしていく希望も沸いてきた。
2021.02.26
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カリフォルニアの青い空 ― 9.アメリカ1日目 - ホテルに泊まる。

まだ公衆電話の使い方も分からない。ホテルも予約していないので、それから泊まるホテルを探さなければならない。ホテルの送迎バスなどがあったが、ホテルに行く方法も知らなくて不安だった。  結局、空港前のタクシーをつかまえ、「いちばん近いホテルまで」と言って連れて行ってもらった。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 8.アメリカ1日目 ― 入国審査

ハワイ経由でロサンゼルスに飛んだ。つまり、ハワイで一度入国審査を行い、それ以降は国内線扱いだ。同じ飛行機のままだったが。  入国審査でトラブルが起きた。
2021.02.26
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カリフォルニアの青い空 ― 7.東京に出てバイト

 アメリカの大学での English as a Second Language コースは、授業料が無料だと言ってきたので、かなり安心だったが、それでも、生活費は必要だ。どれほどの金が今後必要になるのかなどは考えも及ばなかったが、貯められるだけの金は貯めておこうと思った。
2021.02.26
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カリフォルニアの青い空 ― 6.いったん屋久島に帰る

 4年間の新聞配達(育英奨学生)と、内容が濃いとはとても言えない大学生活(留年でまだ学生身分だが)を終え、1976年3月末、私は大学に2年間の休学願いを出した。
2021.02.26
カリフォルニアの青い空

カリフォルニアの青い空 ― 5.アメリカの大学探しと新聞配達終了

カリフォルニア州 Palm Desert というところにある College of the Desert という大学の ESL (English as a Second Language) プログラムの責任者から手紙が来た。「いつ来る予定か、今はどういう状況にあるのか」などなど、いろいろな質問が書いてあった。それで、すぐに返事を書き、その後、その責任者の人とは数度の手紙のやりとりが続く。
2021.02.26
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